この記事は「全enPiT Advent Calendar 2020!!」クリスマスイブの記事だよ。メリクリ。
2013年から続く文科省事業であるenPiTでは、わたしは主にビジネスアプリケーション分野、ビジネスシステムデザイン分野でいろいろと教えてきた。*1
この分野はそれぞれ「進化を続ける先端情報技術や情報インフラを有機的に活用し、潜在的なビジネスニーズや社会ニーズに対する実践的な問題解決ができる人材を育成」「実践的な問題解決を自発的に行えるイノベーティブな人材を育成」するプログラムとのことだ。
ちなみに事業としては他に、組み込み分野、クラウド分野、セキュリティ分野、とあるところから、ビジネスシステムデザイン分野は特化する要素技術のない総合的な分野だと思っている。
ところがビジネスとはなんぞやというと、ビジネスシステムを構築する能力、ひいては要件定義や見積もりや設計の手法、ドキュメンテーションなどについて知ることなのだと、たとえばSoRとSoEでいえばSoRこそがビジネスなのだと思い込んでいる人がいるらしい。
そういう人は、こういう事業評価をするような偉い立場になった世代に多いような印象がある。
時代は変わってるのよね〜
ここ10数年(数十年かも?)、ビジネスを取り巻く流れの速さの中においてITを活用していかに顧客に価値を届けられるか、というのが企業価値につながる時代になってきている。
ビジネスの流れの速さと一言でいうだけだと漠然としてしまうが、例を出せばリモートワークが広まった今年、とくに目立ったZoom、Miro、Mural、Discord、Slackのローンチは、いずれもここ10年以内である。
これがない10年前はどうしていたか?
知らん。
そもそもリモートワークをやってないんだからニーズもないよね、っていう話だ。
フェイストゥフェイスのコミュニケーションが当たり前の10年前に、常時接続のオンライン分散環境でワークしているチームがたくさんいる、なんて今の状態を当てられた人はまずいないはずだ。
だから今注目されている数々のプロダクトがスタートアップとして何をやってきたかというと、市場を作ることだ。作った市場にプロダクトをデリバリーしていくのだ。
単一のサービス、単一の組織、これほどシンプルで明確なことはない。スタートアップはそういうものだ。作って当てて売れば成功だ。ある調査によれば年間3万ものプロダクトが生まれては死んでいくとも言われている。
スタートアップじゃなくて既存のビジネスを抱えている企業はどうするか。
環境が違うならやり方を変えないとね
ビジネスをとりまく環境の変化のスピードが早くなるということは、ビジネスモデルが短命化するということだ。
つまり、変化の波を乗りこなせないビジネスは縮小する。
ビジネス環境の変化が激しくない世界においては、当然ながら計画は正しいものであった。というより正しい計画ができる、と信じられてきた。正しく計画し、正しく要求を分析し、正しく設計し、正しくプログラミングし、正しくテストし、つまり前段階がすべて正しく遂行できれば、正しいシステムができるものだったのだ。
あらかじめ将来の予測が可能で、それが外れないのであれば、とにかく計画通りにいくようにして成功率をあげればいい。
そういう世界では、知識を形式知化してベストプラクティスを継承していくのが常識だった。
そのための標準化がおこなわれ、さまざまな手法が発展してきた。
そうじゃない世界、予測が立たない、試行錯誤が求められる、不確実で複雑な世界においては、探索的アプローチによって知識創造の機会を増やして学習し続けるしかない。
1つのビジネスモデルで何年も食っていける時代はとっくに終わっているので、数打ちゃ当たるをやらないとしょうがない。しかも、より科学的に!
AmazonやGoogleが生み出しては葬ってきた製品群を想像してほしい。
ジェフ・ベゾスだってこう言っている。「継続して実験を行わない会社や、失敗を許容しない会社は、最終的には絶望的な状況に追い込まれます。」*2
つまり、当たったプロダクトで稼げている間に次の試行錯誤をしておかないと、いずれ縮小する既存ビジネスをカバーしつつ企業を成長させていくことができないのだ。
ところが、プロダクトポートフォリオマネジメントなんて70年代から提唱されている考え方なのに、ERPだBPRだと既存の業務をITに置き換えるような仕事が山のように降って湧いていたITバブル時代は目の前のプロジェクトを遂行してるだけで成功を積み重ねられてきたのだ。
それが、焼畑農業のような一通りのIT化が終わって攻めのITの必要が出てきた時、急に思い通りにいかなくなった。
プロジェクトマネジメントの成功の定義や求められる能力と、プロダクトマネジメントにおけるそれは違う。
小さくてもなんでもいい、デリバリーした経験がない人にはそれがわからない。
だから、結構な伝統的大企業の中堅マネージャーたちは苦労している。
焼畑世代の上位マネジメントにやったこともない新規ビジネスを創造せよと言われて、「与えられたプロジェクトを遂行してるだけでよかったあんたらにはわからんだろ」と弱音を吐くのだ。
ちなみに超大企業は新興サービスを買う、ということでこれが解決できるので強い。
何を身につけてほしいか
まあとにかく、数十年前、ゼネコンみたいなエンタープライズITの世界で企業の基幹システム構築などのIT化を牽引することで成功してアガリになった人たちにとっては、こういう今のビジネスとITを取り巻く課題が実感としてわからないのである。
もちろん従来型のエンタープライズITの現場というのはまだあって、誤解を恐れずにいえばコンピューターサイエンスの知識なんてなくても、うまいことステークホルダーと折り合いをつけながらデータを出し入れしてバリューストリームを作れればそれでいいのだ。
もちろんこの能力だって立派なものだろう。
わたしは数十年前に文系からITに就職した人間だけど、初めて就職したソフトウェアプロダクトのベンチャーではエンジニアは専門家*3ばかりで、わたしのような素人はマーケティングに配属されてそこで貢献するしかなかった。やっぱりソフトウェアエンジニアになりたくて、独立する技術者が起こす会社にくっついていきこりゃダメだとなったので、素人にも技術職への門戸を開いていたSI企業に転職して*4、データを出し入れするものやそうじゃないものをチクチクときにはゴリゴリ作って、たまたま運良くアルゴリズムもデータ構造もアーキテクチャもソフトウェア開発プロセスもチーム開発の喜びも知ることができた。
で、今コンピューターサイエンスを学んでいる学生が、そんなデータを出し入れするようなシステムを作るためだけの人足になるべきだとはわたしは思わない。
というか、そもそもそんなのもうお手製で作らなくてもいい。
機を見る力、事業を創出する力、確実に価値をデリバリーし続ける力、そういった力をビジネスに興味を持つコンピューターサイエンスの専門家は身につけるべきだと思っている。
変化の少ない世界で通用してきたプラクティスを学校で教える必要なんてなくて、成果につながるプラクティスを自ら生み出せる力をつけるべきなんだ。
思えば遠くへきたもんだ
ということで、ビジネスアプリケーション分野、ビジネスシステムデザイン分野と名前や中身を少しずつ変えながら続いてきたけれど、enPiT自体が文科省の事業としては今年が最終年度だ。
ビジネスアプリケーション分野が始まった当初は、産業界からはドキュメントの書き方を教えるように言われたり、日報の書き方を教える実務家教員がいたりという話も聞き、大変だったのだなぁと笑ってしまう。
そこへアジャイル開発を持ち込んだ7年前は他のどこの大学もそんなことやってなくて、なんならシステム構築の構想だけ発表するようなチームがある中、圧倒的チーム力で圧倒的に動くアプリをデモして圧倒できたうちのチームが圧倒的最優秀だったのだけど。
今はいくつかの大学にアジャイルなやり方が理解されよいものだと思ってもらえ広がって、プロジェクト指向からプロダクト指向に変わってきたので、本当の本当に本望だ。
産業界も変わってきていて、ここ数年では「アジャイルとか別に、教わらなくてもインターン先でやってるんで」みたいな反応を見せる学生も現れるようになったぐらいだから*5、いろいろ変わったんだなぁと思う。
それでもなお、前述したようなビジネス観でご指導ご鞭撻してくださる人の声はそれなりにでかい。それが今年で最後とか最高。
エンタープライジーな大規模システムと比べたら学生が楽しそうに作ってるアプリなんておもちゃのように見えるかもしれないけど、実際にユーザーにデリバリーしてフィードバックをもらいながら価値を高めたりニーズがなけりゃ損切りしてピボットできるのと、小難しい顔して誰にも使われないナンタラ管理システムを構築し続けるのと、どっちがビジネスに貢献できますかねって話でした。
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唐突ですが、アジャイル開発を実践している学生社会人のみなさん、みなさんが作ったプロダクトをひっさげてお互い交流しませんか。
昨年やって大好評だったAgile PBL祭りを、今年もやります。
学生社会人問わず、顔の見える生産者さんとそのプロダクトの自慢大会にできればと思っています。
現在発表したいチームを公募中です。どなたでもご応募ください!
(学生は旅費がサポートされるらしいので「別に自分たちなんて」とか思わずに応募してみてくれ。君らの経験は社会人にとってはダイヤモンドより尊いものなのだから)
ちなみにenPiTは実は教育プログラムじゃなくてエデュケーショナルネットワークなんたらの略*6で、つまり「成長分野を支える情報技術人材の育成拠点の形成」を目指す「情報技術人材育成のための実践教育ネットワーク形成事業」なのだが、この有志によるアドベントカレンダーしかり、Agile PBL祭りしかり、縁ぴっとしかり、これを達成できていること自体もっと広く評価されてしかるべきだと思う。
- 作者:スティーブ・アンダーソン,カレン・アンダーソン
- 発売日: 2019/11/20
- メディア: Kindle版